2022年06月22日
リベラル思想

リベラル思想では、社会の不条理を糾弾して是正し、社会を良くしようとする。
社会正義を盾にとって政敵を攻撃して排除する。
攻撃しか政治的方法論を有しない。
ということは、彼らの作った体制では揚げ足を取り合って、生き残った者が指導者になる。
統治も結局は「瑕疵を罰する」ことで体制を維持するようになる。
リベラルの論客が陰険なのも必然だと言える。
日本の赤軍派などもこの構造の中お互いの欠点を指摘し合って殺し合った。
そもそもが人間とは非合理な部分が人間の属性としてあり続けるから、最後にはそういう本能に根差したような不合理性を攻撃し合うようになるのは必然だったのだろう。
そしてリベラル政権下の社会は必然的に国家統制により社会正義への違反者を罰することで維持される体制になる。
最も他人揚げ足を捕ることに長けた人間が政治のトップに立って常に他人の失敗を見張るような社会は非常に暗い。
ソビエトがそうだった。北朝鮮にしろロシアにせよ中国共産党にせよ、リベラルが憧憬する社会体制とはかなりの必然を以てそういうものに成り果てているようだ。
少なくとも民主主義は人間の根本的不条理性を否定せず、政策を多数決という妥協の中で決定するから、人間が人間を疎外する状況にはならずに済むのだろうと考えている。
そして、年齢を経て還暦を過ぎ、平和とはお互いの不合理性や不条理性を容認して妥協点を見出し、命のやり取りを避ける状態のことを言うのだろうと漠然と考えるようになった。
そんな自分は保守派です。
Posted by 濱ノ屋与太郎 at 17:38│Comments(0)
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