2022年07月10日
安倍元総理暗殺

安倍元総理がお亡くなりになって24時間が経ち、ようやく心も落ち着いてきたのですが、なんだか訃報を見る度にしっくりきません。
私の知る限り大手メディアで「暗殺」「テロ」という言葉を使っているところがない。
一方で犯人を「元海上自衛官」と現在の職業等を報じることなく、かつて3年間だけ籍を置いた組織の名前だけを強調し「政治目的ではない」と半ば断定し特定宗教(名前を明かさず)への恨みであるというような報道姿勢は問題の本質から逃げているような印象を持ちます
また、「死去「死亡」と、さも天寿を全うされたかのような、ほぼすべてのメディアの横並びの言葉の選び方には何か特別な意図があると思わざるを得ません。
私の知る限り殺人事件の被害者は「殺された」「殺害された」と表現されるのが一般的であるとの認識なのですが、寡聞にして今回の事件でそのような表現を見聞きしたことがありません。
私なりに何故かという事を考えてみたのですが、報じるメディア自身が、自分たちが殺した側(間接的な教唆犯)にいることを自覚しているからではないでしょうか。
安倍元総理への増悪を煽るだけ煽り、いざ事件が起きると「民主主義への挑戦」「暴力の否定」というような論調で事件そのものを矮小化しようというような報道姿勢には疑問を禁じ得ません。
Posted by 濱ノ屋与太郎 at 10:52│Comments(0)
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