2022年09月28日
安倍晋三元総理国葬儀




昨日午後二時から東京の武道館で営まれた国葬の儀式をテレビで鑑賞した。
国歌演奏、黙祷後、安倍さんの姿がスクリーンに写し出され胸を打たれた。
儀式は粛々進んだが、中でも前総理・菅義偉さんの追悼の辞が心に染みた。
「天は何故、よりにもよって、このような悲劇を現実にし、命を失ってはならない人から生命を召し上げてしまったのか。悔しくてなりません。
しかし、安倍総理と、わたしはお呼びしますが、ご覧になれますか…」
国家に最大の功績をされた方に国葬をもってお応えするのは当然だと思う。
一方で武道館の外では、近くの九段坂公園に設けられた一般の人の献花台に早朝から長蛇の列ができ終了時間過ぎても献花の人は絶えなかったという。
老若男女を問わず、生前の安倍さんを惜しみ悲しんだ人たちを見るにつけ日本人としての人間性 、品性、 良識、 人情味、等々、とても誇りに思う。
反対に、左寄りやメディアは当日になっても反対デモの報道に余念がない。
デモする人は、安倍さんの功績を知っているのか、それとも知らないのか。
ただ反対のための反対だとしたら、その無知に恥ずかしくないのかと憤る。
そして国葬を境に、悲しみから我が国の前進に舵を切らなくてはならない。
言わずもがな日本の隣国は中露北の核兵器を保有した全体主義国家であり砲身を我が国に向けている。
急いで自衛のための軍備増強、日米同盟強化、憲法改正しないとイザの時に間に合わない。安倍さんも心配しておられた。
Posted by 濱ノ屋与太郎 at 14:01│Comments(0)
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